そのホストサブロー

繁華街を見下ろすように雑居ビルの最上階には、威風堂とホストクラブの広告塔が鎮座する。

ひと際目を引くその場所に大的な告知とはさぞかし宣伝費用も巨額だろう。

これぞホストの生業たる象徴か、拠り所を求める女性へのアプローチか、王者の貫禄をも窺わせる三名のホストたちが、鋭い眼孔で不敵に微笑みながら桃源郷へと誘う。

ホストの源氏名は、じつに個性溢れるものでおもしろい。

彼が琥珀と名乗れば、口座顧客にとってそれが嘘でも実名に変わる。

琥珀といえば彼のことを容易に想像し、実名がサブローであったとしても彼がサブローとは、スタッフ勢も、まして口座である彼女も認めない。

駆け引きの世界で、開けっぴろげな暴露はナンセンスだ。

売上に貢献した者だけに与えられる付加価値や優越感とは、唯一無二の存在としての扱いである。

ホストはさりげなく耳打ちをし、彼女との心の距離を徐に縮める。

じつはおれ、サブローっていうんだ

ここだけの話、と特別感を強調させながら。

一見すれば浮世離れした夢のある商売だが、誰しも両手に花というわけにはいかない。

誰かが業績や名声を浴びれば、誰かが挫折や屈辱を味わう。売上争いとは常そういうものだ。

去り際の美学を持つカリスマホストは引退後もその名を残し、次世代へ語り継がれるだろう。

一億円プレイヤーの称号にも名残惜しまず、今が旬のその時期に華やかな世界から身を引く出で立ちは、ステージでラストを飾る往年のアイドル歌手さながらの姿だ。

ただし、職業柄、足元に置くのはマイクではなく、リシャールかロマネコンティか、カフェパリだと少し物足りない。

あるいは、ステージ上で大胆にスーツを脱げば、プロ野球選手が引退時にユニフォームを脱ぐという揶揄を具現化した演出にもなるだろう。

功績を残したホストにのみ、栄えある最期が約束される。

ネオン煌びやかな大都会の上空で、三名のホストが演じる広告塔には代表、支配人、トータルプロデューサーの類似した肩書きが個に刻まれている。

ここでふと疑問に思う。

エグゼクティブクラスの肩書きを与えられていながら、揃いも揃って皆が現役のプレイヤーである。

裏方に廻らない理由はいざ知らずだが、数字として稼ぎ出すためには、無論ナンバー争いが必要不可欠なのだろう。

実力至上主義の世界において、肩書きこそがついでであるのだから。

もっとも肩書きとは、己の士気を高めるのにはうってつけの材料ともいえる。

口座のみならず、ホストもまた特別な演出で洒落込むため、一様に肩書きを欲している。

収支管理諸のマネージメント技能ではない。夜の世界において、撮影や名刺に肩書きを刻めることこそが美徳なのだ。そこに意義を持つ。

実力至上主義とはいえ、完全縦社会のホスト業界では、年齢よりも先ずは経歴がモノをいう。

指名客を持たず、未だトイレ掃除やヘルプ席に忙殺する先輩ホストの前でも、三超えの新人ホストは言葉遣いが謙虚になる。

そんな遅咲きの新人プレイヤーが、いよいよ頭角を表したとき、自ずと立ち位置は急変する。

上下関係こそ変わらないが、ヘルプ漬けの毎日を送るホストは、やがて面目が立たない窮地へと晒される。

いわゆる先輩風を吹かしているだけの存在であるにも関わらず、当の本人はというと焦りや羞恥のかけらすら見当たらない。

遅咲きのホストはそれでも彼を先輩として扱うだろう。

出し抜かず、おごり高ぶらず、その謙虚な姿勢が、夜の無情な世界で生きていく手段であることを肌で感じている。

やがて代表ないし、トータルプロデューサーないし、支配人の誰かしらの肝いりで、願ってもない好機が訪れる。

次の広告塔の撮影に出てみないか?

彼にはまだ肩書きがない。

期待の新人ホストと注目を装う代表の提案にも異論する。

いえ、自分はまだまだ不透明なので肩書きなんて結構です

名前負けしている現状を自覚しているかの発言に、プレイヤー魂の可能性をみる。

琥珀色の原石が頂点に光輝く日は、そう遠い未来ではない。